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2004年4月日以降はブログへと移行しました。


2004.4.8(ブログ)
あまりに突然なのですが、この日記を中断し、今後日記はブログへ移そうと思います。以前からブログの興味があったのですが、これまでは有料もしくは特定プロバイダ加入対象者向けのサービスばかりでした。しかし日経流通新聞を読んでいると無料でサービスを始めたところが増えてきたとの事。早速はじめた次第です。


2004.4.7(パッション)
パッションが日本でも公開されます。この映画はそれを観た人がショック死したり、殺人を犯した人がこの映画を観た後に悔い改めて自首したり、エピソードには事欠かない映画ですね。ぼくは宗教ネタが好きなので(ぼく自身は宗教を全く信じません)観に行こうと思います。信じる宗教の違いから戦争をしたり、人を殺したりしてきたのは有史以来おなじみの出来事ですが、今現在も世界でそれらが続いているということ自体に驚きを禁じえません。本来、人を幸福にするはずの宗教がなぜ人を不幸にするのか。神の捉え方も宗教によって様々ですね。唯一絶対神という考え方や、万物に神が宿る(複数の神がいる)という考え方。


2004.4.6(言語)

中国語の発音について触れましたが、日本人も以前は「い」と「#(なんかこんな感じの字の【イ】)」の発音の区別がついたり、「る」みたいな「ぬ」みたいな字も発音が出来たと言います。しかしながら最近はそんな文字は使われず(通常の変換では出てこない)、さらには「いちおう」が「いちよう」になったり、「ふぐあい」が「ふぐわい」になったり、と誤ったまま使用され、それが定着してしまいそうな例もあります。良く「味あわせる」といいますが、これも元は「味わう」から来ているので正しくは「味わわせる」ですよね?ぼく自身の日本語も相当に怪しいものですが、どんどん日本語も変化して行っているのだなあ、と感じます。


2004.4.5(ピンイン)
中国語の発音が難しいです。当面の課題は「an」と「ang」ですが、違いは頭では判るものの、うまく発音できません(実際に聞いても〜両方の比較無しでは〜よくわからない)。舌の動き、息の抜け方など変化をつけますがなかなかうまく発音できず、ひたすら練習あるのみです。発音してみてください、と先生に言われて発音したとします。今のではダメ、もう一度、というわれてもう一度発音します。そうするとハイOK、と言われることがあります。しかしぼくにとってはその1回目と2回目の発音の違いが自分自身区別できていないのです。1回目の発音と2回目の発音のどこが違うのか自分ではわからない、しかし先生にははっきりとわかっている。まだ全ての発音を学んだわけではありませんが、中国語にはこのようにややこしい発音が山のようにありそうです。そう思うと中国人はもしかすると「音」に敏感じゃないのか?と思うのです。今はまだ閉鎖的な中国ですが、外の文化を取り入れ、また自国から外へ普通に出てゆくようになったりすると、将来凄いミュージシャンなんかが出てくるんじゃねえの?とか考たりするのです。


2004.4.3(オイル交換)
ルポのオイル交換を行うのをすっかり忘れていました。以前交換したのは走行8850km、現在は走行12500km。前回交換時から3650km走りましたが、もう少し(前回交換から5000kmまで)走ってから交換しようと思います。ひと月あたり、およそ1562km走っていることになります。


2004.4.2(猫の音楽隊)
ずっと前、こんな夢を見ました。
【休日の昼間、ぼくが家で音楽を聴いているとインターホンが鳴ります。受話器を取っても応答が無く、しかたなくぼくは玄関まで行ってドアを開けます。ドアを開けると、そこには猫が4匹、なにやら思い思いの楽器ケースを携えて(2本足で)立っています。ぼくが言葉を失っていると猫たちは勝手に家に上がりこみ、まるで家の間取りを知っているかのようにまっすぐリビングへと入り、無言で楽器をセッティングしはじめました。バイオリンとかチェロとかコントラバスとか、そういった弦楽器系のカルテットでしたが、セッティングが終わると彼らは演奏を始めます。ぼくはその曲を知りませんでしたが、明らかに演奏が下手なのだけはわかりました。とりあえず彼らなりに真剣であることは理解できたので、ぼくはだまって彼らの前に座り演奏を聴きます。演奏が終わると彼らは来た時と同様に無言で楽器を片付け、そしてぞろぞろと玄関に向かいます。彼らの身長ではドアノブに届かないのでぼくが玄関のドアをあけてやると、その4匹はぺこり、と一礼して去ってゆきました。あまりに唐突な事件であり、また彼らの意図がまったく理解できなかったのであっけにとられたまま一連の出来事が過ぎてしまい、ぼくはただただ玄関に立ち尽くすだけでした。】
それ以来、ぼくは彼らの事を「猫の音楽隊」と呼んでいます。
問題はここからなのですが、この「猫の音楽隊」はどうやら(人々の夢の中で)実在するらしいのです。ぼくはあるページで、ぼくの夢に現れたあの猫の音楽隊そのものの画像(もちろんそのページの管理人による合成画像を使った再現です)を見たことがありますし、誰かのエッセイで同じように猫の音楽隊が夢に現れた、という記事を読んだことがあります。そういった事象を体験するたびに、「ああ、彼ら(猫の音楽隊)もがんばっているんだな、少しは演奏うまくなったかな」などとぼくはひとり考えるのです。きっと彼らは今日もまた人々の夢の中に現れて演奏を続け、それを見た人を不思議な気持ちにさせているのでしょう。今日はあなたの夢の中に現れるかもしれませんね。


2004.4.1(10円ハゲ)

ぼくの帰宅が遅くなったり、外泊すると華子(家猫)が心配してハゲることは以前に書いたような気がしますが、ときどきそんな感じで10円ハゲができたりします。どうも華子はぼくのことを自分の子供だと考えているらしいということから推測するに、ぼくの帰りが遅くなると「坊やが、私の坊やが・・・。事故に遭っていなければ良いけれど・・・」と心配していると思われます。とにかく華子は心配性なので、ぼくがくしゃみをしただけでも「あらあら、この子ったら大丈夫かしら?」という風に寄ってきては声をかけてくれます。